こんにちは、サチヲです。
今回は… “木を見て森を見ずという『合成の誤謬』になってはいけない” という論理的思考を知ることにより、自分の視野を広げて現状把握の精度が上がるキッカケになるブログになります。
私が尊敬するラジオパーソナリティーであり、編集者でもあり、去年に初の単著『会話の0.2秒を言語学する』を新潮社から出版した作家でもある水野太貴さんが…
「合成の誤謬が本当にオモシロイんです。」
と、仰っていました。
もちろん!私め、そのようなコトバを初めて知ったし…好きな人が言ってるのなら、調べない訳にはいきません。
もくじ
【オモシロイ言葉】『合成の誤謬』 | 賢い選択が必ずしも良い結果にならないコトも。そんな思考の罠にあなたもハマっているかも?

合成の誤謬(ごびゅう)とは・・・ 「ミクロ(個人や一部)の視点では正しいことが、マクロ(全体)で見ると悪い結果を招いてしまうこと」 を指す経済学の用語です。
⇒ 「個々人が良かれと思って合理的(賢い)行動をとった結果、社会全体としては不利益が生じてしまう」 という、皮肉なパラドックス (逆説) を表しています。
これでは私自身が分かりにくいので、具体例をいくつか書きますね。
☆『貯蓄』
個人の視点(ミクロ): 将来が不安なので、生活費を切り詰めて貯金を増やす。これは個人にとっては 『正しい(賢い)』 行動です。
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全体の視点(マクロ): 全員が同じように節約をすると、お店の売り上げが落ち、企業の業績が悪化します。
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結果: 企業の給料が下がり、最悪の場合はリストラが発生します。結果として、個人の所得も減り、 『貯金する余裕すらなくなる』 という皮肉な結末を迎えます。
☆『ライブ観戦』
個人の視点(ミクロ): 前が見えにくいので、自分だけ席から立ち上がる。
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全体の視点(マクロ): 全員が立ち上がることになる。
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結果: 結局みんな見えにくいまま、更に疲れるだけになる。
☆『お米農家』
個人の視点(ミクロ): 農家一人ひとりにとっては、 『たくさんお米を作って、たくさん売る』 ことが収益を増やすための個人の正解(合理的行動)です
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全体の視点(マクロ): お米が市場にあふれ供給過剰になる。需要よりも供給が多すぎるため、お米の値段が極端に下がる。
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結果: たくさん働いてたくさん収穫したのに、売値が安すぎて赤字になる。いわゆる豊作貧乏になる。(これには、安くなったからといって食べる量はそんなに増えないというコトもあります。)
いちばん分かりやすいのは貯蓄でした。
他にも、会社でもこのようなコトバを聞いたことありませんか?
「個人の利より、全体の利を考えろッ!」
と、私は良く言われたモノです。
なんだかんだで、合成の誤謬について説いていたのでしょうか。
じゃ、どうすればいいの??
個々人が 『賢い選択』 をしている以上、個人の努力だけで解決するのは困難です。
そこで、 『マクロの視点を持つ存在(主に政府や中央銀行)』 による介入が必要になるという寸法です。
たとえば…
☆『貯蓄』
景気対策(財政出動): みんながお金を使わなくなったら (貯蓄のパラドックス)、政府が代わりに道路を作ったり給付金を出したりして、無理やりにお金の流れをつくる。
☆『ライブ観戦』
ルールの整備: 『立ち見禁止』 というルールを作れば、全員が座って快適に観戦できます。このように、個人の自由を少し制限することで全体の利益を守る仕組みをつくる必要があります。
☆『お米農家』
政府介入: 農家に「作らないでくれ」と頼む減反政策して、作る量を制限してお米の価格を一定以上に保とうとした。
「なんでこんなコトするんだろ…」と思ったことには理由があったんですね。
会社などに存在する謎のルールには、理にかなった理由があったんですね。
ただし、減反政策については2018年に終了しています。
現在は、農家が自分の判断で 『高く売れるブランド米を作る』 のか 『家畜の餌用のお米(飼料用米)に切り替えて補助金をもらう』 のかを選ぶ形に移行しています。
各地方で、ブランド米が増えたのはこのような理由があったんですね。
貯蓄の先にあるのが 『最低賃金の引き上げ』 が見えてくるのです。これが“あちらを立てれば、こちらが立たず” という誤謬のジレンマを生む

国民が豊かな暮らしをするために、最低賃金を上げる。なんてコトバを聞いたことがありませんか。
賃金が上がれば、お金を使い、税金も増え、国が潤う。いいコトしかないですよね。
しかし、ココにも合成の誤謬が隠れているんです。
それは 『最低賃金を急激に上げたらダメ』 というのです。
そのサジ加減がムズカシイのです。
労働者一人ひとりの生活を守るために賃金を上げると、個々の家計は助かります。しかし、急激すぎると中小企業が耐えきれずに倒産したり、機械化で雇用を削ったりします。
結果として、 『守りたかった労働者が失業する』 という誤謬が起きることがあります。
デマや買い占めも、身近なモノではないでしょうか。
コロナ過でのマスク。トイレットペーパーの買い占め。
不確かな情報に対し、念のために1パック買うのは個人の防衛策として合理的ですよね。
しかし、全員が 『念のため』 と動くことで、本当に市場から在庫が消えてしまいます。
コレは、政府がどうこうするのもありますが、個人の情報収集能力にも左右されると思いませんか。
そもそも、なんでこんな合成の誤謬が起きるのか?
この現象が起きる根本的な理由は、 『相互作用』 にあります。
私たちは孤立して生きているのではなく、互いに影響し合っています。
自分の行動が他人の環境を変化させ、その変化が巡り巡って自分に返ってくるという視点が抜けてしまうと、合成の誤謬に陥りやすくなるんですね。
もっと突き詰めると相互作用の他に、日本では古くからのことわざである 『風が吹けば桶屋が儲かる』 や、 『バタフライエフェクト』 といったように、 『因果関係』 も絡んでくるのです。
今後は振り回されたり、良かれと思ってやったことが逆効果にならないために…
今話しているのは「日本全体のことか? 」 それとも 「目の前のAさんのことか?」 を常に区別する。(相互作用)
この結果は 「個人の能力なのか?」 もしくは 「組織の仕組み(システム)のおかげなのか?」 を見極める。(因果関係)
といった 『主語の大きさや構造を意識する』 コトをします。
最後に
実は、合成の誤謬の真逆なパターンである 『分割の誤謬』 なんてコトバもあるんです。
意味は、全体の性質が、個人の性質だと思い込む。というモノで、 “森を見て木を見ず” といった感じです。
コリャ、世の中はオモシロイ仕組みで動いてるんだな~と思いますよね。
水野さんの言う通りでした。
ではまた。
